芸能テロ

2chの芸能の反応をまとめています

    タグ:ものまね

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    1 :砂漠のマスカレード ★@\(^o^)/:2016/07/20(水) 15:37:43.82 ID:CAP_USER9.net

    7月14日放送の『じっくり聞いタロウ~スター近況(秘)報告~』(テレビ東京系)に、ものまねタレントの清水アキラ(62)が出演。全盛期のギャラ事情について語った。

    番組中盤、この日三番目のゲストとして登場した清水は、五木ひろしと村田英雄のマネをしたら、それでレパートリーがなくなってしまったため、この先どうやって生きていこうかと悩んでいたところ、楽屋にセロテープがあるのを発見。

    自分の顔に貼ってみたら、「あれ、研ナオコさんだ」「あれ、谷村新司さんだ」と次々に新しいネタを思いついたという。

    そして清水は当時のギャラについて語り始めた。「ものまね(大会)で優勝すると、ギャラが上がるわけですよ。それで(営業)1本、売値が50万くらいになった。

    それでブームが来て100万になって、200万になって」と、当時の営業1本あたりの金額を暴露。最高額は1本500万円だったが、事務所に所属していたため給料は月50万円だったという。

    そのため、清水が知り合いの某有名ものまねタレントに相談すると、そのタレントは月に1000万もらっていると聞いて驚き、事務所と相談し個人事務所を立ち上げた。

    すると清水の月収はすぐに1500万円になり、最高で4000万円にもなった。当時32~33歳だったが、テレビのものまね番組のギャラは1本600万円。清水は「10年ほどで45億円を稼いだ」と暴露し、その金額に、出演者たちは騒然としていた。

    「ものまねタレントは本人より気軽に呼べる印象があり、複数のレパートリーがあるとお得感があるので、地方の営業仕事に向いています。

    営業仕事はテレビよりギャラが高いのが一般的で、有名なテレビタレントより稼いでいるケースも多いのですが、清水アキラの稼いだ金額は驚愕ですね。現在は引退をほのめかしていますが、それも当然でしょう」(芸能誌記者)――もはやどっちが“本物”か分からない?

    http://dailynewsonline.jp/article/1166347/
    【「10年で45億円稼いだ」大物ものまねタレントがギャラ事情を公開「事務所の給料は月50万円。独立すると1500万円になり、最高で4000万円」】の続きを読む

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    1 :ゴアマガラ ★@\(^o^)/:2016/06/08(水) 23:19:54.39 ID:CAP_USER9.net

    お笑い芸人のキンタロー。が8日、サッカー日本代表の長友佑都選手(所属:セリエA・インテル)と交際中の女優・平愛梨のものまね姿をInstagramで披露。

    「別人やないかwww」「じわるwww」「けっこう似てない! 笑」など衝撃的なショットが好評を呼んでいる。

    キンタロー。は、「#旬ものまね #初披露 #平愛梨」のハッシュタグと「どうも平愛梨です(^ω^)アモーーレ!!!」のコメント付きで、平になりきったショットを掲載。

    さらに「流石に怒られるレベルかな」と自虐をそえて、別の角度から撮影したカットを連投した。

    自ら「角度研究中」とつづるだけに、最初に投稿した、顔を傾けた1枚は似ていなくもない(?)が、正面からの写真は確かに怒られるレベルかも。

    これにはファンも大ウケで、コメント欄は「怒られろwww」「似てなさすぎて笑ったwww」「平愛梨さんファンだけでなく、長友さんファンも敵に回しましたね」「リトル・マーメイドのアースラだ!」などツッコミの嵐となっている。(西村重人)


    http://www.cinematoday.jp/page/N0083473
    【キンタロー。「平愛梨です。アモーレ!流石に怒られるレベルかな」衝撃的な顔にツッコミの嵐】の続きを読む

    1980年代後半の栗田貫一さんの宣伝材料用写真0328001572_comm
    ものまねタレントとして息の長い活動をしている栗田貫一さん25001177_comm

    1 :かばほ~るφ ★@\(^o^)/:2016/03/28(月) 12:50:50.69 ID:CAP_USER*.net

    これはものまねタレントとして売り出した1980年代に使っていた宣材写真です。実はデビュー前、ショーパブで歌っていた時にジャニーズ事務所に誘われたことがありますが、この写真を見たら納得しませんか?(笑)

    ものまねを人前で始めたのは、22歳で六本木のスナックで働き始めてからです。あまりにもお客さんが入らないので、勝手に俺がものまねのステージを始めたらすごい人気が出てね。それでスナックをショーパブ風にしたら、それこそ、俺を見るために来るお客さんで、毎日店がいっぱいになったんです。

    それがきっかけでデビューしましたが、当初は無名だから、いろんな場所に歌いに行っても辛かったよね。たとえば敬老会に呼ばれても、誰も俺のことを知らないから、一生懸命に有名な歌手の曲を歌っても全然ウケない。

    20分の持ち時間が3日間くらいに感じたものです。また、歌手の前座として、スナックを一晩に5軒回ることもありましたが、行くとお客さんが3人なんてこともありましたね。

    80年代後半に入り、ものまねの歌番組ができて人気が出たけど、最初は俺たちものまねタレントは盛り上げ役で、普通の歌手の人が優勝する形でね。

    それがだんだん変わってきて、ある時「ものまね王座決定戦」のプロデューサーの木村忠寛さんが、俺と清水アキラ、ビジーフォーとコロッケの4組を「ものまね四天王」と命名してくれたので、四天王の一人として注目されるようになりました。

    当時は90年代前半でバブル後半、しかもものまねブーム真っ盛りなので、番組のお金のかけ方がはんぱなかった。「ものまね王座決定戦」は、照明だけで3億円と言われ、12台のカメラが俺たちを常に撮影しているから、長い撮影時間でもみんな一瞬たりとも気が抜けない。

    ちょっとでも油断すると、プロデューサーから怒鳴られる緊張感の中、夜中の3時や4時まで撮影して、優勝者は目の前で100万円単位で賞金が渡される、そういう時代でした。

    それから約10年、仕事はフル回転。毎月、地方も含めたイベントやコンサートがパンパンに入っていて本当に忙しかった。でも今考えると、当時所属していた事務所は相当潤っただろうに、当の俺はなぜかちっとも儲からなかったというのが悔しいです(笑)。

    忙しい四天王が同じ場に揃うことはなかなかなかったけど、歌番組で誰かと一緒になると「こいつよりウケたい。絶対にうまく歌ってやる」と思ったので、結果的にものまねの実力を磨けたと思います。今もものまねタレントとして活動しているのは、やはりあの四天王としてがんばった時代があったからこそ。

    でも時々考えます。あの時、ジャニーズ事務所に入っていたら、俺は今頃どうなっていたんだろうってね(笑)。

    くりた・かんいち ものまねタレント。声優。1958年東京生まれ。84年放送の「第16回オールスターものまね王座決定戦」でプロデビュー。やがて清水アキラ、コロッケ、ビジーフォー(グッチ裕三・モト冬樹)と並び「ものまね四天王」と称される。山田康雄さんの後を継いで『ルパン三世』のルパン役の声優も務める。

    http://www.asahi.com/and_M/interest/SDI2016032521721.html
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